
ついったのワンライ企画に投稿したもの。
ゴロさんとヘイさんのお話。
以前書いたEchoという本の、58部分の焼き直しのようなものになってしまいました…が。
お題は「心の綱」にございました。
長きの間苦楽を共にした者、その言葉通りなのだろう。そう自分の中ですんなりと決着がつく程には、前を歩く二人には目に見えない絆というものが深く感じられた。カンベエの台詞には偽りはない。いつの間にか彼の横に立ち、次に何をすれば良いかと、二手三手先を読むシチロージの姿を見てそう思う。
(二人を結ぶのは、糸でも紐でもなく、太い綱のようだ)
ザブン、と音を立てて水に入れば、靴の口から勢いよく水が入った。膝ほどまでつかる水をかき分けながら、前を行く二人の背中に思う。
(私には、もう居ない――)
ちらと、頭の隅を戦を共に過ごした仲間の顔が浮かぶ。共に助け合い共に苦楽を過ごしたと、そう思える顔ぶれでさえ、記憶の中の彼らはどれも色のない顔をしていて。
(責めているのは、彼らではなく、私自身であろうに)
チクリと刺さる胸の痛みも、刃の矛先も、自分で自分に向けているものだと気づいていながら、どうしようもできないままここまで来てしまった。
横に立つ、頬に大きな傷のある男に「ノブセリを四十機ほど斬ってみないか」と言われた夕日がやけに遠くのように感じる。息苦しさを感じて大きく一呼吸つくと、冷えた空気が胸にしみた。
「私は残念ながら、そのような会える友は居りませんゆえ」
普段のひょうきんな表情をそのままに、赤髪の男――ヘイハチがそういった。ぼさぼさとした髪を工兵独特の帽子に押し込んで、その上に眼鏡を引っ掛けている。彼がその眼鏡を使ったことは見たことが無い(と言っても、そう長い時間を共にしている訳でもないのだが)から、およそ目を保護するためだけの眼鏡なのだろう。うっすら曇りのかかっているそれに、自分の顔が映った。
友は、もういない。
『侍』という、人を斬って生きるような生業をしている者だ。当たり前の言葉だったのだが、この赤い髪の侍は妙に引っかかる物言いをする。戦が終わり今に至るまでの間に、大戦の折の友には会った事はあるのか、と問いを投げかけたのは彼だ。そして、彼にはもう会える友はいないと言う。
歩みを進めるごとに、足元に広がる水面に波紋が広がる。日の差さない洞窟の中の水は夏という季節にかかわらず冷たく、じわりと足先から熱を奪っていく。水底に溜まっている白色の砂が足を踏み出すごとに舞い上がり、水に濁りを加えてゆく。
隣を歩くヘイハチの視線の先には、この集団の将と、その腹心の部下がいる。軽口を叩き合いながら歩く様はなるほど確かに、主従というより、友という感じを受けた。
「そうさな、同じ陣の者には何度か会ったことはあるがあのような友は残ってはおらぬなぁ」
将であるカンベエ、その腹心のシチロージ、そして、この横を歩くヘイハチは、北の軍属であったらしい。酒宴の席で世間話の様に聞いた話をゴロベエは思い出していた。ゴロベエが属していたのは南軍で、戦においては「勝ち」となったはずだった。だが。
戦が終わってこの方、旅芸人として各地を転々としても、何度か同じ南軍の人間にはあったことはあるものの「友」と呼べるような人間には終ぞ会えないままでいた。生死でさえも判っていない者も多い。そこまで思い至ったところで、そもそも「友」と呼べる人物が、自分に居たのだろうかと根底からの疑問も浮かび上がってくる始末だ。
「――少し、羨ましくもあろうかな」
立ち止まり水底へ視線を向ける。浮かび上がった砂煙は依然水中を白く濁らせたまま。
「羨ましい――ですか」
共に歩いていたヘイハチも足を止めた。ちら、とこちらを見上げる気配がする。
じわりと重みを増す靴の底。踏みしめた砂のきしむ音が小さく上がる。
視線は水面におとしたまま、口の端に笑みを浮かべて言う。
「左様我等が命は儚きものがゆえ」
向けたのは彼にか、己にか、それとも戦で散った“友”へか。
どこへともなく向けた意識を引き戻すべく、ゴロベエは再び歩きはじめた。
(――羨ましかったのかもしれない。)
確かにその二人の間には絆があって、それは目に見えないものであってもここにいる誰もが感じ取れるもので。
所詮はないものねだりだと、自分に言い聞かせる位には羨ましかった。
「戦友というのは、ゴロベエ殿はどのようにできるとおもいます?」
再び歩き始めたゴロベエにあわせて、自分も歩き始める。
先に歩いているホノカやリキチ、そしてカンベエとシチロージの背中が少し遠くに見えた。
ザブ、と、やや深度の浅くなった水底に比例して、立つ水音も若干高くなった。もう少しでこの洞をぬけるのかもしれない。
「そうさなぁ…余り考えたことはなかったが」
ふむ、と首を傾げゴロベエは大仰に天井を見上げた
一拍の後に、何かを思いついたようにどこか意地の悪い笑みを浮かべたゴロベエと視線が合う。
「基準を語るならば、あまりあの二人はあてにならぬかもしれぬ」
にい、と、濃い色の肌に映える白い歯がのぞいた。あの二人、というのはカンベエとシチロージのことを言っているのだろう。ちらりと前を行く二人の背中に視線を向ける。
「と、いいますと…?」
真意が見えずに素直に聞き返せば、その笑みをますます深くして。
「我等が命は儚きものがゆえ、過ごした長さには比例はせぬよ」
紐が糸となるのも、綱となるのも。
時間の長さだけが、その絆を濃くするものではないのだと。
ばし、と力任せに叩かれた背中のじんわりとした痛みに苦笑を浮かべながら顔を上げれば、夕日に見たあの笑顔でこちらを見返してくる。あの鮮明な赤色を思い出す。
「まったく、ゴロベエ殿には適いませんね」
一つ息を吐き、前を見る。胸にしみこむ空気は砂漠の香りをほのかにのせて、洞の終わりを告げていた。